2009年08月11日
地震をきっかけに…
こんにちは3号です
今日も晴天ですね台風は…どこへ行ってしまったんでしょう?
今日は仕事で午前中外へ出る予定でしたので、天気悪かったら嫌だなァ~、、なんて心配しながら昨夜寝たら、今朝、地震きましたね
まだ爆睡していた私も、さすがに飛び起き、逃げる体制を取りました
大きなのが来なくて良かったです。
変な起き方をしましたが、一瞬にして色々な事が頭の中をめぐりました…
‘このアパートは耐震どうなってるんだろ?!’
‘ここは、非難するとしたらどこ?!’
‘やばい!引っ越してきてから、災害用の非常持ち出し袋も何も用意していない!!’
…本当に、大きなのが来なくて良かったです(><)
今回の地震をきっかけに、もし被害に遭った時の事をちゃんと考え、備えもしておかないといけないな、、と改めて思いました
地震…話しは少し変わりますが、地震がどこかで起こる度、私は、ある人の事を思い出します。
私は、地震によってある出会いがありました。
もう15年前?に起こった『阪神淡路大震災』
あの時も明け方に地震があり、大きな被害がありました。
その時、たまたま、‘震災に遭われた人に励ましの手紙を送る’という事を行なったとこがあり、それに親が手紙を書くとの事で、当時小学5年生だった私も一緒に手紙を書きました
数日後、私宛に、一通の手紙が届きました
それは、私が上記のように書いた手紙へのお返事でした
しかも、開けて読んでみると、私と全く同い年の女の子からのお返事。
こちらが書いた手紙は、現地に行ったボランティア?の方々が、震災に遭われた方へ渡してくれたのですが、
どのような形で配ったかは分かりませんが、無作為で配られたようです。
それが、たまたま本当に偶然にも、私の書いた手紙は、神戸に住んでいる私と全く同い年の女の子の手元へ届いたのです
実際に、あの手紙に何と書いたのかは覚えていませんが、励ましのお手紙、ということだったので、小学5年生なりの励ましの言葉?と、自分の事を色々書いたような気がします。
それが、たまたま同い年の女の子の手元へ届いたその手紙に対して、その子から、わざわざお返事を書いて送ってくれたのです
私は、どこのどんな誰の元へ届くか分からない手紙、しかも、震災で大変な中、返事は戻ってはこないだろうと思っていたので、なんだかものすごく嬉しかったのを覚えています
そして嬉しかった私は、またその子にお返事を返し
そこから、私と彼女の文通が始まりました
お互いの家族の事、学校の事、友達の事、恋愛の話、、
手紙のやり取りだけですが、年齢に伴い内容も少しずつ変わっていきながら、お互いの色々な話をし、相談し、文通を続け
気付けば手紙が何十通も
高校へ入ったくらいから、お互いケータイを持ったので、そこからはメールでのタイムリーなやり取りになり(時代の流れに乗りながら)
あれから15年、今も連絡取り合っています
しかし、まだ実際には会ったことはありません
今まで会いたいね~~って、何度も言っていて、やっと、今年!本当に夏には会おうって、予定を立てていたのですが
なんとなんと、、その彼女が‘新しい命を授かった’との嬉しい知らせが
また会える機会を逃すことになったのは、ちょっと残念でしたが、そのような嬉しいお知らせも聞けて、私はとても嬉しいです
お互い文通をしていた時に送りあった写真や、プリクラでしか顔も見たことがないですが、15年もの間、このように連絡を取り合え、小学校の頃からお互いの話や相談もしてきて、お互い今年、結婚やおめでたという嬉しい報告ができる、、なんかすごく不思議な感じですが、この出会いが私にとってはとても貴重で大事で、嬉しい出会いとなっています
しかし、、このように出会えたきっかけが‘地震’ということだけは、感謝しようにもしたくない、なんとも辛い事実…
地震がなければ彼女とは知り合えなかったわけですが、あの地震でたくさんの方が被害に遭われたので、地震はやはり起こってほしくないのが一番です
でも、実際それがきっかけで知り合えた、ある意味本当に奇跡的な出会いだと思うので、この先も変わらず連絡を取り合い、彼女も無事ママになり、落ち着いたら、数年以内には、絶対に会いたいと思っています
今は、彼女に宿った命が、無事に成長し、誕生するのを祈りながら、楽しみに待っています
そんな事を、地震の度に思い出し、考える3号でした
今日も晴天ですね台風は…どこへ行ってしまったんでしょう?
今日は仕事で午前中外へ出る予定でしたので、天気悪かったら嫌だなァ~、、なんて心配しながら昨夜寝たら、今朝、地震きましたね
まだ爆睡していた私も、さすがに飛び起き、逃げる体制を取りました
大きなのが来なくて良かったです。
変な起き方をしましたが、一瞬にして色々な事が頭の中をめぐりました…
‘このアパートは耐震どうなってるんだろ?!’
‘ここは、非難するとしたらどこ?!’
‘やばい!引っ越してきてから、災害用の非常持ち出し袋も何も用意していない!!’
…本当に、大きなのが来なくて良かったです(><)
今回の地震をきっかけに、もし被害に遭った時の事をちゃんと考え、備えもしておかないといけないな、、と改めて思いました
地震…話しは少し変わりますが、地震がどこかで起こる度、私は、ある人の事を思い出します。
私は、地震によってある出会いがありました。
もう15年前?に起こった『阪神淡路大震災』
あの時も明け方に地震があり、大きな被害がありました。
その時、たまたま、‘震災に遭われた人に励ましの手紙を送る’という事を行なったとこがあり、それに親が手紙を書くとの事で、当時小学5年生だった私も一緒に手紙を書きました
数日後、私宛に、一通の手紙が届きました
それは、私が上記のように書いた手紙へのお返事でした
しかも、開けて読んでみると、私と全く同い年の女の子からのお返事。
こちらが書いた手紙は、現地に行ったボランティア?の方々が、震災に遭われた方へ渡してくれたのですが、
どのような形で配ったかは分かりませんが、無作為で配られたようです。
それが、たまたま本当に偶然にも、私の書いた手紙は、神戸に住んでいる私と全く同い年の女の子の手元へ届いたのです
実際に、あの手紙に何と書いたのかは覚えていませんが、励ましのお手紙、ということだったので、小学5年生なりの励ましの言葉?と、自分の事を色々書いたような気がします。
それが、たまたま同い年の女の子の手元へ届いたその手紙に対して、その子から、わざわざお返事を書いて送ってくれたのです
私は、どこのどんな誰の元へ届くか分からない手紙、しかも、震災で大変な中、返事は戻ってはこないだろうと思っていたので、なんだかものすごく嬉しかったのを覚えています
そして嬉しかった私は、またその子にお返事を返し
そこから、私と彼女の文通が始まりました
お互いの家族の事、学校の事、友達の事、恋愛の話、、
手紙のやり取りだけですが、年齢に伴い内容も少しずつ変わっていきながら、お互いの色々な話をし、相談し、文通を続け
気付けば手紙が何十通も
高校へ入ったくらいから、お互いケータイを持ったので、そこからはメールでのタイムリーなやり取りになり(時代の流れに乗りながら)
あれから15年、今も連絡取り合っています
しかし、まだ実際には会ったことはありません
今まで会いたいね~~って、何度も言っていて、やっと、今年!本当に夏には会おうって、予定を立てていたのですが
なんとなんと、、その彼女が‘新しい命を授かった’との嬉しい知らせが
また会える機会を逃すことになったのは、ちょっと残念でしたが、そのような嬉しいお知らせも聞けて、私はとても嬉しいです
お互い文通をしていた時に送りあった写真や、プリクラでしか顔も見たことがないですが、15年もの間、このように連絡を取り合え、小学校の頃からお互いの話や相談もしてきて、お互い今年、結婚やおめでたという嬉しい報告ができる、、なんかすごく不思議な感じですが、この出会いが私にとってはとても貴重で大事で、嬉しい出会いとなっています
しかし、、このように出会えたきっかけが‘地震’ということだけは、感謝しようにもしたくない、なんとも辛い事実…
地震がなければ彼女とは知り合えなかったわけですが、あの地震でたくさんの方が被害に遭われたので、地震はやはり起こってほしくないのが一番です
でも、実際それがきっかけで知り合えた、ある意味本当に奇跡的な出会いだと思うので、この先も変わらず連絡を取り合い、彼女も無事ママになり、落ち着いたら、数年以内には、絶対に会いたいと思っています
今は、彼女に宿った命が、無事に成長し、誕生するのを祈りながら、楽しみに待っています
そんな事を、地震の度に思い出し、考える3号でした